2018年12月に長男「みなと」が誕生。新米パパと息子の成長の記録。

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長男「みなと」が生まれた日

投稿日:2018年12月24日 更新日:

2018年12月24日

長男『みなと』誕生!!

出産予定日の前日、12月22日の朝に陣痛が始まりました。

「お腹痛い。」
「間隔短くなって来た。」
と苦しそうに言う妻に

「大丈夫?」
「病院に電話しよう」
と言うことしか僕にはできませんでした。

病院に問い合わせたところ、
「もしかしたら一度帰ってもらうかもしれませんが、入院セットを持って病院に来てください。」
と言われ、車で病院へ。

このとき僕は
『陣痛きたし、ゆうてる間に産まれてくるんかな』
『予定日より1日早く産まれてくるかもしれへん』
なんて、どこか安易に考えていました。

病院に到着してすぐに個室へ案内され、荷物を置いて分娩室へ。
陣痛の間隔は5〜8分ですが、子宮口が思うように開いてくれません。

陣痛の痛みと戦う妻を残し、足りないものを取りに一度自宅へ帰り、
昨晩の残り物を食べてシャワーを浴びて、すぐに病院へ。

22日の深夜
「このまま続けても奥さんの体力が消耗しているので、すぐに子宮口が10cmまで開く可能性は低いです。一度睡眠導入剤を投与して、少しでも体を休めて、体力が回復してからもう一度頑張りましょう。」
と勧められ、睡眠導入剤を投与しました。

『睡眠導入剤入れたら、痛いの忘れてちょっとでも寝れるかな』
なんて勝手に思い込み、少しホッとしていました。
・・・が、
睡眠導入剤を入れても陣痛が止まるわけではなく、
仮眠を取りながら、5分から長くても15分おきに目を覚まして痛がる妻の背中をさすり続けました。

出産予定日当日の23日

前日に引き続き、朝から陣痛と戦う妻の姿を見て
『これはもっと気合入れて応援せなあかん』
と思い・・・

妊娠中に参加したペアクラスで、テニスボールをお尻にぐっと押し当てる"いきみ逃し"の練習をしていたこともあり、
『おっしゃ、今こそ練習の成果を見せるときや!』
と意気込んでやってみましたが、
「全然ちゃう、そんなんより背中思いっきりさすって!」
とまさかの反応が。

『おっしゃ、背中をおもいっきりさするんやな!』
と力一杯背中をさすると・・・
「痛い!もう触らんとって!」
とさらに怒られる始末。

『もうあかん、これ産んだ後でしばかれるやつや』
と考えるとしゅんとして小さくなってました。

陣痛で痛みの波が来るたびに、僕は妻の背中をさすって「何か飲むか?」「大丈夫か?」「頑張れ!」と声を掛けていましたが、スポーツドリンクを少し飲むくらいで食事も取れず、疲弊していく妻を見て、本当に無力だと感じました。

妻は「もう無理!帝王切開して!」
と何度も何度も言いますが、
助産師さんは「それは無理だから、頑張って」
と答えながら促進剤を投与してくれることもなく・・・

「切ってくれへんのやったら病院変える!」
なんて言う妻の爆弾発言に
『ほ、ほんまか・・・!?』
『病院この段階で変えれんのか!?』
『手続きどうしたらええんや!?』
なんてひやひやしながら、見守っていました。

昼ぐらいになって、妻の父から連絡がきて
「疲れたやろ、交代したるから飯食って休憩せえ」
という一言が、ものすごく嬉しかったのを覚えています。

夜になって再度睡眠導入剤を投与してもらいましたが、5分おきの戦いは続きます。
このあたりから、僕の手首は限界を迎えていました。それでも妻の痛みはこんなもんじゃないと思いながら、「頑張れ、頑張れ!」とひたすら背中をさすり続けました。

24日の朝を迎えました。

この時点で陣痛が来てから丸2日が経過。
微弱陣痛のまま子宮口は5cmから開きません。
先の見えない状況に、僕も妻も疲労と睡眠不足と痛みで気持ちが弱くなっていたと思います。

個室から分娩室に移動して、ここにきて促進剤の話をする助産師さん。
「もうお腹切って!」
という妻を見て、
『もうこれ以上続けたら死んでしまうんちゃうか』
と心の底から思いました。

入院してから初めて分娩室に来た院長先生に、
妻が「帝王切開してください。」と言うと、
二つ返事で承諾していただけました。

『いや、それやったらはよこいや院長』
なんて失礼なことは口が裂けても言えません。

午後から帝王切開の手術が決まり、今度こそ痛みから解放されると思うと少しだけほっとしました。

出産直前まで逆子がなおらず、帝王切開について担当医から
「手術後に血栓が飛んで脳梗塞などの危険性が高まります」
と言われたことが頭に浮かんで、
『これまた、もしかしたら妻が死んでしまうかもしへん』
と言う恐怖感に襲われました。

妻が手術室に移動する時に、
助産師さんから「奥さんが呼んでますよ!」と言われ、
慌てて手術室の前まで行くと、
妻が真顔で片手を上げて、無言で手術室に入って行きました。

『戦地に行く兵隊さんみたいや』
『いや、呼んどいてまさかの敬礼?』
『そもそもなんで呼んだんや』

なんかもう色々思いましたが
『え、まさかこれほんまに最後とか絶対嫌やで』

今になっては笑い話ですが、
この時は本当に妻が死んでしまうかもしれないと思っていました。

手術室に入って1時間かからないうちに、
助産師さんが病室のドアを開けて「産まれましたよー」と
産まれたばかりのみなとを連れてきてくれました。

産まれたばかりの我が子を目の前にして僕の口から出てきたのは、
「妻は、妻は生きてますか!?」
でした。

そんな不甲斐ない僕に、助産師さんは笑顔で
「お母さんも赤ちゃんも元気ですよ」
「30分くらいしたら赤ちゃん迎えにきますね」
と言い残して病室のドアを閉めました。

妻が無事ということ
みなとが元気に産まれて目の前にいるということ

言葉にできないくらい嬉しくて
疲れも何もかも吹き飛んで
そこでやっと、みなとに
「元気に産まれてきてくれてありがとう」
と言えました。

もう号泣です。
言えましたと言いましたが、
言えたかどうかはみなとしかわかりません。
おそらくみなとは
『何て言ってるんやこいつ』
くらいに思っていたでしょう。

手術開始から2時間ほどで病室に帰ってきた妻に
「お疲れ様。よう頑張ったな」
って言いながらまた号泣です。

陣痛が始まると、残念ながら夫は本当に無力です。

どんなにさすっても、痛みは無くなりません。
どんなに祈っても、お産は進みません。
どんなに気を使っても、それは自分の思い込みでしかありません。

正直、出産の途中に
「もう産まんでも、妻だけおってくれたらそれでええ」
なんて不甲斐ないことも言ってしまいました。

それくらいに夫は妻のことを心配します。

産前産後、ものすごく喧嘩しました。
沸騰して大きな声で怒鳴ってしまったこともあります。

それでも夫は妻が大切です。

こんなにも大切な妻が、
これだけの試練を乗り越えて産んでくれた二人の子供です。

可愛くないわけないでしょう。
もう産まれた瞬間から親バカです。
病院で赤ちゃんが並んでいるのを見て
『うちの子が一番男前やな』
そんなことを平気で思います。

出産中にボコボコにやられた父のメンタルは、
「そばにいてくれるだけで心強かったよ」
と言ってくれた妻の一言で全快です。

元気に産まれてきてくれてありがとう。
死なずに戦地から帰ってきた妻に感謝しながら
夫は今日も仕事に向かいます。

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名前:みーくんぱぱ
年齢:30代
職業:会社役員

男性向けの育児情報が少ないと感じたので、長男「みなと」と自分自身の成長を忘れないためにも、子育てに奮闘する毎日を綴っていきたいと思います。

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